■■雑音怪人ファイル■■

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THE *♂б'S解散

2000年4月、THE *♂б'S LAST FIGHTING「恐怖、牛女京子の朝御飯NIGHT」と題されたアナルプレイヤーズの解散ライブが宇宙塵で行われた。
スポーツ財団から発行されているフリーペーパー「ステップアップ」にもこの名がはっきりと記された。
この日のためにラジカセで録った30本限定のオリジナル爆音テープ(弾丸ライダー、命がけのワイパー、エナメルシンナー、カミソリベイビー、SEA SIDE FUSION、ドラゴンフィーバー、ダーティーヌンチャクの全6曲収録)も会場と共に完売(後にザーザーしか聞こえないとか、何をやってるか解らない等のたくさんのクレームを頂きました)。
フライヤーはフォントの隅までアナール森山の手書き。
この日、前座(?)として集められたバンドはザ・アナルプレイヤーズと数々のステージを共に歩んできた森のヘビメタ野郎デンジャー。
一人テクノ男TADAHIRO(現在Dearest K'sの店長)。
現ベースヌンチャク、ドラムカンフー率いるNOT UNDERDOG'S。
なぞの奇形児、牛女京子。
ゲストドラムスにスペースモンキー直樹とフィッシュボーン西川(前デンジャー、後のドリームカスタムのドラムス)等4バンド2ゲスト。
この日の観客動員数約80名、活動年数1年6ヶ月、出演ライブ数16本、前代未聞の無演奏バンドのラストライブは大盛況の内に幕を閉じた。
結局、牛女京子は最後まで姿を見せる事は無かった。
この日販売されたテープに収録されているインストナンバーのタイトル「ダーティーヌンチャク」が他でもない、現在の我がベンド名の由来である。
つい先日(2003年12月当時)ドラムのエースが結婚し、祝賀会でその日限りのザ・アナルプレイヤーズが再結成された。 [THE *♂б'S解散]の続きを読む
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  1. 2006/10/24(火) 00:07:11|
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男達の決断

1999年7月、WORLDS END MOON主催のTATOO EVENTも今年で2回目。
会場はBAR CHERRYのパーティーの時と同じ元のWEBSTERHALL。
「衝天動地」と題されたこの日のイベントの出演バンドは我愛思暗黒団(クラミジア元、スモーク越田氏率いるロカビリーバンド)、NOT UNDER DOG'S(後のベースヌンチャク、ドラムカンフー率いるメロコアバンド)、函館シティーハードコアからBALANCE、札幌から白ツナギを着た4人組、CHEESE GOWYSTER MANIA(最高カッコ良かった)等の超大物ぞろい。
会場はバイクチーム、MAD BRAINSのメンバーが荒れ狂う異様な状態で、客とバンドが一触即発の状態が続いた(CHEESE GOWYSTER MANIAのボーカルに絡み続けたMAD BRAINSのメンバーの若手一名が酒に酔った挙句フジシマに投げ飛ばされ、え~その距離10m弱…負傷の上、外に運び出されると言う一幕もあった)。
そんな中ザ・アナルプレイヤーズはなんとトリ。
だがPOKEYとエースはそうそうたるメンバーを目の前にいつにも増して不安を覚え、本番まで会場に姿を見せる事は無かった。
演奏はいつもどおりのぼろくそ状態。
俺はこの時点で次なるバンドの計画を考え始めた。
その後エースから正式にバンドを辞めたいとの報告を受け、この史上最低の無演奏バンドにけじめをつけるべく、最初で最後のザ・アナルプレイヤーズ解散ライブを企画する事となる。 [男達の決断]の続きを読む
  1. 2006/10/22(日) 23:20:10|
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エースとPOKEYの不安

その日がやって来た。
BAR CHERRYのパーティー当日、場所はWEBSTARHALLと言うクラブがあったとこ。
リハーサルから出番までの時間が長かった。
メンバーは早い内からかなりのペースで酒を飲んでいた。
気がつくとイベントのねるとんパーティーにPOKEYが参加してるじゃないか!
しかも女の子をゲット。
誰が見ても彼は酒と女におぼれてベロベロだった。
12時をすぎた頃、やっと俺達の出番がやって来た。
この日の対バンは店のオーナーで主催者の北村氏(現ベースヌンチャク)率いるNOT UNDERDOG'S(ドラムは後のドラムカンフー)。
彼らのためにも盛り上げなきゃいけないと思っていた。
演奏開始…ところがベースが聞こえてこない…どうした?
見るとPOKEYがベースを眺めて薄ら笑いを浮かべている!?
2曲目、3曲目…彼は弾けないでいた。
酒と女でベースを弾く行為を忘れてしまったのだ。
結局10曲中10曲、ほぼ完全に演奏しないという荒業を見せた。
それでも何故か客は盛り上がってるようだった。
だが俺は正直愕然とした。
初めて2人を怒鳴りつけてイベント終了前に帰った記憶がある。
怒鳴った俺も怒鳴られた2人もバンドの将来を怪しく感じていた。
その後も宇宙塵にてLOVE SICK CRACK(ギターボーカルが元hirosuebaseballbat庄司氏、ドラムに元THE FAMILY善通氏率いる3ピースバンド かっこ良かった)やビートレッグス(ビートルズのコピーバンドとして当時、函館では有名だった)等と共演。
ライブの本数も客のノリも大きくなりオリジナル曲も増えていった。
だがPOKEYとエースはバンドの人気とは反対に演奏が上達しないことに対するギャップから不安を感じ始めていた。
この頃から俺は彼らじゃ出来ないであろうTHE*♂б’Sとしては高度なタイプの新しい曲(当時のオリジナル曲はリズムさえ叩くのがままならないエースに合わせ、かなり範囲の狭い物しか作れないでいた ちなみにPOKEYには毎回譜面を書いて渡していた)を作り、ストックし始めたのだった。
[エースとPOKEYの不安]の続きを読む
  1. 2006/10/20(金) 20:52:01|
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男達の活躍

砂原町でデビューを飾ったTHE*♂б’Sは活動拠点を地元函館へ移行。
友人岩村(現在東京でバンド活動中のはず)主催のスクラッチ(小笠原ビルにあった元のチャップリン)でのライブに出演。
PAがエーススタジオのナガカワさんでパンクバンドのフールサイド(現在東京で活躍中)のメンバーがピストルズやラモーンズのカバー曲で急遽出演してた。
一緒にルーキールーツのクボさんケンさんも来てた。
俺は当時丸坊主頭の上半身裸で、演奏というよりは半狂乱状態。
客の反応は上々。
野次は飛ばされるはアンコールはかかるは…その後、宇宙塵(当時のマスターは船橋氏)を中心にライブを展開。
ある日、我々のライブを見に来ていたハードコアバー「WORLDS END MOON」のオーナー、ムナとフジシマから同店主催のTATOOEVENT「ココナッツクラッシュ」(フライヤーデザインは元hirosuebaseballbatの庄司氏)へ出演してほしいと依頼を受ける。
舞台はベイ函館。
4、5回目にしてこの大舞台に緊張も隠せない。
だがしかし、ベテランハードコア勢(当日etaとBAT TRIPが出演)を相手に堂々たる無演奏振りとパフォーマンスを発揮(他にスモーク越田氏、尿道組クラミジア元氏率いる3ピースロカビリーバンドも出演してた)。
しかもこの日初めてのオリジナルナンバー「弾丸ライダー」を披露。
着実に名声を轟かせていった。
会場にはバーチェリーのオーナー北村氏(後にベースヌンチャクとなるのだが)が見に来ていてライブ終了後、チェリーの周年イベントへの出演依頼を受けた。
出演イベントの規模や本数もどんどん拡大しメンバーの勢いも絶好調だった。
出演前には決まってバーボンロックを一気飲み、ライブハウス前を全力疾走、脳天に血液がパンパンの状態で嵐のように演奏を開始、頭から湯気を上げながら激的な頭痛と共にライブ終了。
客は演奏の出来ない俺達にノリ、演奏がぴか一のバンドで沈んだ。
一生懸命やってる奴らを馬鹿にしているようだった。
とにかく最高だった。
だが、その後行われるバーチェリーのパーティーで俺達は初めて大きな失敗を犯す(基本的に常日頃失敗の連続だったのですが…)。 [男達の活躍]の続きを読む
  1. 2006/10/19(木) 23:39:26|
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THE*♂б’S(ザ・アナルプレイヤーズ)始動

翌日俺はエースの置いて行ったこのCDをがむしゃらに聴いていた。
そこにはテクニックなど微塵も無かった。
狂乱する外国人の笑顔、空中に浮かぶ革ジャンを着た男、ツンボ寸前のギター、スピーカー割れ割れの叫び声、訳がわからない。
ただ一つ言えるのは無茶苦茶かっこつけてるという事。
何で?
何でじゃない。
そんなつまらんことを気にして生きてるほうがかっこ悪いのだ。
楽器がヘタクソな事を気にしてバンドをやらないほうがかっこ悪いのだ。
嗚呼…気づいてしまった。
レッドツェッペリンもエリッククラプトンもさようなら。
これなら俺達でもライブができる。
俺は彼らから確実に勇気を与えられた。
もうすでにデビューライブのスケジュールが入っていたTHE*♂б’Sにとって選択の余地は無い、すぐさまエースとPOKEYに連絡。
「ギターウルフの曲をコピーしてみよう」だが2人の返事は鼻から軽く風が吹いていた。
「ダメダメ、あんなのやってらんないよ」何も演奏できない彼らのプライドが何ゆえそこにはあったのか?
未だにわからない。
結局ゴリ押しの末数曲耳コピする事に。
スタジオではSEXPISTOLSの時とは比べ物にならないくらいの上出来ぶり、イケルねえ。
他にSTRAY CATSのREBELS RULEとシーナ&ザ・ロケッツのレモンティーが課題曲に上げられた。
その数日後、1998年8月、砂原町の泉ファームと言う牧場で行われた青年会議所主催、24時間テレビ協賛、「トウモロコシ畑大迷路」と題された町興しイベントの余興コーナーにナベの紹介で出演。
対バンは森でヘビメタ10数年の大御所デンジャーとビートルズのコピーバンドTHE VOX(ドラムが現SMOKEWEEKENDERS越田氏、ベースに現尿道組クラミジア元)の3バンド。
その日のトップがTHE*♂б’S。
控えのためのプレハブ小屋での緊張感は今でも覚えている。
俺はロックテックの中古漏電気味オーバードライブ(高校時代の同級生、ハンダちゃんから譲り受けた物)全開で奇怪なハウリングギターと計算されたMCでメンバー(自分自身を含む)の演奏をカバー。
少し大きくギターを振り回したりしてみた。
気持ちいい!
そんなこんなでTHE*♂б’Sは、その日見に来てくれたお客さん(友人5、6名)の素敵な日曜日を見事に演出した。
しかも3000円のギャラまで発生。
こいつはヤミツキだわ。 [THE*♂б’S(ザ・アナルプレイヤーズ)始動]の続きを読む
  1. 2006/10/19(木) 00:18:17|
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プロフィール

DIRTY●GUITAR

Author:DIRTY●GUITAR
ダーティーヌンチャク気違いギターボルテージ、ダーティーギター様による衝撃の暴言活劇「雑音怪人ファイル」。
彼を取り巻く様々な人間模様とロックンロールの彼方に迫る大スペクタクルロマン。
立ち上がれ日本人よ!
我がダーティーヌンチャクと共に…

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